だるま市高崎の2018年の日程は?病気除けとしてのだるまの意味は?

だるま市高崎の2018年の日程を紹介しています。

また、周辺の駐車場の地図を掲載し、高崎だるまは誰が作り始めたのかや病気除けとしてのだるまの意味についても紹介しています。

高崎のだるま作りは、今から二百十数年前に豊岡村の山縣友五郎という人物が始めたと言われ、現在では72人の職人がだるま作りの伝統を受け継いでいるそうです。

スポンサーリンク

だるま市高崎の2018年の日程は?

日程:1月1日と2日

アクセス

会場:高崎駅西口駅前通り

●電車

JR高崎駅

●車

関越自動車道高崎IC、19分

●周辺の有料駐車場の地図

高崎だるま市は、元旦の1日と翌日の2日に高崎駅西口駅前通りで催されるそうです。

会場となっているワシントンホテルプラザ前からラジオ高崎前では、だるまの提供や開運たかさき食堂の出店などのイベントが行われ、従来とはひと味違った大盛況の正月の街中を楽しめるそうです。

イベントの内容

  • 高崎だるまの販売
  • 開運たかさき食堂の出店
  • おもてなしイベントの開催、他

スポンサーリンク

高崎だるまは誰が作り始めたの?

高崎のだるま作りは、今から二百十数年前に豊岡村の山縣友五郎という人物が始めたと言われているそうです。

また、稲の収穫または麦蒔きが済んだ、秋から翌年の春にわたって作られていたそうですが、友五郎が作り始めた頃は、色塗りに使用する素材が容易に入手できなかったため、作られるだるまの総数はそれほど多くはなかったそうです。

しかし、1859年に横浜港が開港され、だるまの生産が活発化されていったようですが、その理由は、国外からスカーレットという品種の赤色の顔料が輸入されるようになったためだそうです。

こうして現在では、72人の職人がだるま作りの伝統を受け継いでいるそうです。

病気除けとしてのだるまの意味は?

だるまの普及は、江戸時代に疱瘡(天然痘)という病が流行ったことに由来があるようです。その当時の一般大衆は病を怯え、盛んに願掛けを行っていたようです。

また、赤いものが邪気を払うと信じられていたことから、赤く塗られただるまが疱瘡除けと考えられて必要とされるようになったそうです。

そして、最も病が流行した時には、幼い子供たちの枕元等に置かれてあったと伝えられています。

そんな赤いだるまですが、その後、疱瘡の予防法が発見され、江戸のだるまは数が減少していったそうです。

まとめ

2018年のだるま市高崎は、元旦の1日と2日に開催されるようですね。

また、高崎市の少林山達磨寺でも、毎年1月6日と7日の2日間に少林山七草大祭だるま市が開催されるそうです。

スポンサーリンク



このページの先頭へ