母の日のカーネーションの本数は決まりがあるの?アメリカが起源?

母の日カーネーション本数は決まりがあるのかどうか説明しています。また、母の日の起源はアメリカ人の女性が自分の偉大な母親を敬うために、母親のための祝日を作る運動を始めたのが最初だそうです。また、カーネーションの本数は正式に何本とは決まりがないそうです。

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  • 母の日のカーネーションの本数は決まってない
  • 母の日はアメリカ人の女性が始めた

母の日のカーネーションの本数は決まってない

hanataba

母の日にお母さんにプレゼントするカーネーションの本数ですが、正式に何本とは決まっていないそうです。なので一番良い方法は、お花屋さんで、「3000円分、母の日のカーネーションをお願いします」と店員さんにお願いすると良いそうです。

母の日はアメリカ人の女性が始めた

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母の日の起源は、20世紀の初めにアメリカ人のアンナ・ジャービスという女性が自分の亡くなった母親への思いをこの世に残しておきたいという気持ちとして、母親のための祝日としての運動を始めたそうです。

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アンナさんの母親はどんな人?

アンナさんの母親の名前はアン・ジャービスと言いクリスチャンで、ボランティア団体を設立し地域の医療補助活動を行っていたそうです。

また、南北戦争時には、当事アンさんが住んでいたウエストバージニア州で北軍と南軍の両軍の兵士に伝染病が流行した時に、アンさんのボランティア団体が北軍と南軍の両方の兵士を平等に分け隔てなく治療したそうです。その慈愛に溢れる行動がアンさんが有名になったきっかけだそうです。

そして、南北戦争終了後も平和活動など幅広く活動し、1905年5月9日にその生涯を終えたそうです。

母親のための記念日が誕生

アンナさんの偉大な母親を敬う思いの「母親のための祝日を作る運動」は、次第に賛同者も増えていき、やがて全米に広がっていったそうです。

その結果、1914年にアメリカ連邦会議が「母の日」を5月の第二日曜日とする法律が可決され、翌年の1915年に法律が施行されて世界で始めての「母の日」が誕生したそうです。

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日本の母の日の始まりはいつ?

アメリカで1915年に母の日が施行されたのを受けて、その後は世界各国に母の日が拡大していったそうです。

そして、日本ではアメリカで1915年に施行された直後、すでに日本にあるキリスト教の教会で母の日のお祝いが始まっていたとされているそうです。

その後、日本で全国的に広がったのは、1937年に日本の老舗のお菓子メーカーの森永製菓が母の日を全国的にアピールしましが、その頃の日本は母の日を制定する間もなく、戦争に突き進んでいったため、母の日が正式に制定されたのは戦後の1947年だったそうです。

まとめ

母の日のカーネーションの本数には特に決まりがないようですね。なので自分の予算に合わせてお花屋さんの店員さんに「3000円分の母の日のカーネーションをください」と言ってラッピングもお願いすればいいですね。

ちなみにカーネーションは、アンナさんが亡くなった母親を追悼するために教会の祭壇に母親が好きだった白いカーネーションを飾ったことから母の日にカーネーションを贈るのが一般化したそうです。

なので、母親が健在な場合は赤いカーネーションで、亡くなっていれば白いカーネーションを贈る流れができたそうです。しかし、現在では白いカーネーションではなく赤いカーネーションを贈るのが一般的になっていますね。

他にも色々多彩な色のカーネーションがあるようなので、最近では好きな色を組み合わせて贈る人も増えてきているそうです。

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